ちくほくのひとVol.05中村邦子さん

趣味に飽きることはない。
筑北村で老後の楽しみを満喫する“主婦のプロ”

今回の取材は、暮らしのスタイリストとして活躍する伊藤まさこさんの著書『ならいごとノート』に紹介された“主婦のプロ”。ご自宅のある坂北地域に向かう途中、小さな山の上にそびえる一本の松が目に入った。あとで調べてみると、青柳城址公園にある一本松だと分かった。
青柳城は長野自動車道 筑北パーキングエリアから見える山の頂に築かれた山城で、現在は青柳城址公園として整備され、当時の面影を感じながら散策できる。標高900メートルの本丸跡からは坂北が一望でき、天気の良い日はアルプスまで見渡すことができる絶景だという。一部のお城マニアの間で噂になっている見事な二重堀切(外敵の侵入等を防ぐために人工的に作った溝)を見てみたいものだ。

ご自宅に到着すると、中村さんがすてきな笑顔で迎えてくださった。テーブルには手作りのケーキや漬物などが所狭しと並んでおり、これが主婦のプロのおもてなしかと感服する。部屋には多くの人形や花が並び、続き間にもカゴやザルなどの完成した竹細工やその素材がたくさん並んでいた。これらは中村さんが趣味で取り組んでいるもので、竹細工はご主人も編むのだという。その美しさと量の多さから、展示会を行うというのも納得だ。
中村さんがどのように筑北村で暮らし、どのように趣味と出会ったのか。書籍登場の裏話も合わせてお聞きした。

[ 2016年11月30日更新 ]


飯田の街なかに住み、百姓経験もないまま筑北村へ

結婚前は、名古屋の短大に通って栄養士の資格を取り、飯田病院に勤めていました。そのときに県職員として保健所に勤務していた主人と知り合ったのが出会いですね。
すぐに結婚しなかったので、心配したお世話好きな方が筑北村に泊まりに来るよう計らってくださって。それが初めての筑北村でした。当時、主人の住まいは別所の山の中で、「とにかく山の中だな」と思いました(笑)。
その後、お世話人さんは「嫁には来てくれんだろう、もうだめだ」と思ったようですが、私は主人のことしか見ていなくて。筑北村を嫌だとはまったく思いませんでした。

通勤のことを考え駅の近くに家を借りて住むことに決め、昭和44年に結婚・移住しました。もうすぐ50年になりますね。
飯田では比較的街なかに住んでいましたし、両親は薬局を営んでいたので農作業はしたことがありませんでした。でも、環境になじめるたちで。風習の違いはありますが、特に気になることはなかったです。
父は結婚するときに「百姓はしたことがない娘だから、百姓仕事はやらせんでくれ」と言って、百姓道具や野良着は一切持たせませんでした。でも…。

百姓仕事、家づくりのための伐採、保育園…筑北村での暮らし

嫁いだばかりのころは、親戚が集まって農作業をするときでもお茶出しするだけだったんですが、百姓仕事を手伝わないのはどうも肩身が狭くて。自分から「次からは私がやるから手伝いを頼まなくていい」とお義母さんに言ったんです。
昭和45、6年ごろといえば、農作業が手から機械に切り替わるころでした。我が家も早めに機械を導入したので、親戚の手伝いがなくても何とかなりました。子供たちも積極的に手伝ってくれましたし。
今は自分たちや親戚に配る程度のお米や野菜を作っていますが、ピーマンは村で一番稼ぐといわれたこともあったほどでしたよ。

農業と同時に取り組んでいたのが家づくりです。今住んでいるこの家を建てるために、まず土地を購入しました。しかし「1000万円は貯金しないと建てられない」と言う主人。そこで、購入した土地を畑にしてトマトなどを栽培していました。ほかにも、別所の自分の山から家づくりに使う木材を2人で伐採するなど、約10年かけて準備をしました。

それ以外には、栄養計算を手伝ったのをきっかけに、21年間、給食をメインに保育園のお手伝いをしました。また、筑北村社会福祉協議会が高齢者向けの配食サービスとして展開している「まごころ弁当」を作るにあたって、その立ち上げから軌道に乗せるまでを2年ほどお手伝いしました。今は、私が作った2年間のレシピをもとに、坂北荘で製造し、祝日以外毎日配送されています。

いくつかの習い事を経験し、書籍『ならいごとノート』に登場

小さいころから習字・そろばん・英語などを習っていました。父が尺八をやっていたのでお琴を習い、看板もいただきました。
今は人形づくり、アメリカンフラワー(別名:ディップアート)、竹細工をしています。最初に始めたのは人形で、友人に誘われて教室に参加したのがきっかけです。その先生がアメリカンフラワーも教えていて、そちらも始めました。人形はもう20年、お花も10年以上続いています。
竹細工は、市民新聞で講座を知って参加しました。主人の定年退職が近いこともあって、定年後のことを考えて先に習い始めたんです、竹細工なら主人も楽しめそうだなと。竹細工も10年以上、主人は5年ほどになります。

私が通っている竹細工のクラスは、先生が用意してくださるお茶なども楽しめる優雅な教室です。伊藤まさこさんとはこの教室で出会いました。
彼女から本で紹介したい言われたときは、山菜がテーマでした。しかし、撮影日に決まったのは夏。山菜の季節は終わっていたので、干し野菜を使ったおやきに変更になりました。実は、おやきは私にとって“いただいて食べるもの”だったんです。一応作り方は知っていたので、前日に粉と水のあんばいを知人に確認しただけ。練習もせずに本番を迎えました。
それが、自分でもびっくりするくらい上手にできちゃった! しかも、滞りなく進むよう用意をしておいたので、「こんなに段取りよく進めるのはプロの料理家さんでも少ない」とほめていただきました。
『ならいごとノート』に載ると、村内にも伊藤まさこさんのファンがいて声をかけられました。本を出していると聞いてはいたけれど、ここまで有名だとは知らなかったのでびっくりしましたね。

同じ趣味を持つ夫婦の筑北村暮らし

2人とも竹細工を編むので、主人は何かしら見つけていちゃもんをつけてきますけど、私はとりあいません(笑)。それでも、主人は材料から作るので年に1度は2人で竹を取りに行ったり、力がいる作業は主人にお願いしたり。夫婦で同じ趣味があると、退屈がないです。

あくまでも老後の楽しみですから、販売はしていません。年に数回、筑北村内の郵便局や銀行から頼まれて展示会をする程度です。筑北村西条にある『村のパン屋さん ちくほっくる』にはトレー代わりに使う竹細工を寄付しました。

趣味に飽きることはないですね。竹細工を中心に、これからも筑北村の我が家で少しずつ作っていきます。 筑北村は住みやすいところです。飯田よりも交通の便がよく、開けたところだと感じています。長野にも松本にも行きやすいです。それに、70歳代の人たちがとっても元気。グループで活躍している人は、私より少し年上の人たちが多いくらいなんですよ。

ならいごとノート

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中村邦子さん(72歳)

/出身:長野県飯田市 職業:主婦 地域:坂北
竹細工、人形作り、アメリカンフラワーなどを趣味とし、村内の郵便局等で年に1~2回展示会を開催。ご主人も定年後に竹細工を始め、ご夫婦で楽しんでいる。暮らしのスタイリストとして活躍している伊藤まさこさんの著書『ならいごとノート』にも登場。

ちくほく・ほくほく体験

若いころは、子供が泣くと近所の人たちが心配して駆けつけてくれましたね。困ったらご近所さんが何とかしてくれる。実家を頼りにしなくても、周りが見守っていてくれました。子供を叱って泣かせてしまったときには困りますけどね(笑)。

お気に入りちくほくスポット

筑北村へ来たばかりのころ、別所の山の尾根を登って見た景色はすてきでした。でもそこへの道中は足場が悪くて命がけ。気軽には行けません。今は、お天気の良い日に気持ちよく外仕事をしている時間が好きです。庭の植木も自分たちで剪定します。

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