ちくほくのひとVol.28丸山盛一さん

自分たちが生きた証……約1500坪の『すいせんのさと』に込めた思い

東条ダムに向かって河鹿沢西条停車場線を進む。東条ダムは山深い地にある砂防ダムで、春には桜、秋には紅葉が楽しめるほか、晴れた日には北アルプスの山々を望むこともできるという。そんなことを考えながら景色を眺めていると、道路沿いの花々が目に留まった。淡いピンクの花びらが舞うサクラ、赤や白の花をつけるハナモモ、鮮やかに黄色く輝くレンギョウ、道端を彩るスイセン。
今日の取材先は『すいせんのさと』だ。「この集落では、私のほかにも4~5軒が花を育てています。みんなほかの人よりも良くしようと思うから、それぞれがんばっているんです」と、『すいせんのさと』の管理者、丸山さんは言う。目を奪う花のある景色は、住民の思いが作りだしているのだろう。

スイセンはギリシャ神話に登場する「ナルキッソス」を学名に持ち、「自己愛」や「うぬぼれ」といった花言葉がある。一方で、寒い冬を乗り越えいち早く春を告げる花として、欧米では「希望」の象徴とされており、がん患者をサポートする多くの団体がシンボルとして用いているそうだ。
1500坪にもおよぶ広さにスイセンをはじめとする花や木を植え、ひとりで管理しているという丸山さん。どのような思いで始めたのか、お話を伺った。

[ 2022年7月15日更新 ]


荒廃地に植えた3000株から始まった、スイセンが咲き誇る場所

61歳で定年退職してから始めました。荒廃地を元気にしたい、ここに自分たちが生きた証を残したいという思いからです。『すいせんのさと』は五反分(1500坪)ほどありますが、そのうち私の地所はわずかで、多くは上の集落に住んでいた人の土地。「荒れてしまうから好きにしてくれ」とおっしゃっていただいています。
スイセンだけでいえば、今年は40万本くらい咲いていると思います。八重スイセンをはじめ、ラッパスイセン、房咲きスイセンなど、30種類ほど。スイセンを選んだのは、この地域で昔から春になると花を咲かせていたから。雑草よりも一足先に咲くので目立つんです。スイセンは毒があるので鹿が食べないというメリットもありました。鹿の被害は大きいです。食べませんが、踏み荒らしたり、木を折ったり。15年くらい前までは出没しませんでしたが、今では人口より多いといえるほど。荒らされて、植え直して……鹿と競争しているようなものです。

スイセンは20本程度まで増えるのですが、徐々に減っていき花が咲かなくなるので、適度に株分けをしたり植え替えたりします。木も自分で植えて育てていますよ。ハナモモは種から育ててきましたし、最近はドウダンツツジを植えました。5年ほど前からはヒガンバナも植え始め、今は3000株ほどあります。ミックスして植えることで秋も楽しめるようになりました。

『すいせんのさと』は喜び。健康な間は続けていきたい

『すいせんのさと』は県道277号線(河鹿沢西条停車場線)を東条ダムへ向かう途中にあります。大沢 高谷公園・高谷神社を過ぎると道路右側に看板があるので、そこを鋭角に左折。少し登っていくと突き当たるように見えるカーブのところに白い外壁の家があるので、そこの駐車場をご利用ください。遊歩道はありますが、土なので、歩きやすい格好がおすすめです。お好きな時間に来て自由に見学していただいてもいいですし、事前に電話でご予約いただけば案内することもできます。
春は4月ごろスイセン、GWごろハナモモ。両方楽しめる4月下旬ごろがおすすめです。秋は9月ごろヒガンバナ、モミジが観られます。雨上がりの花はきれいだと言われますが、スイセンは垂れてしまうのでおすすめできません。朝、日が当たり始めるころがきれいです。

この活動を楽しんでいるので、苦労は感じません。苦労があればやめていますよ。自分も花を見て良い気分になりますし、大勢の人が来て楽しんでくれる。喜びしかありません。去年は退職記念に奥さんを連れてきたという男性が松本からいらして、ゆっくりと楽しんでいってくれました。
自分が健康な間は続けていこうと思っていますし、地主さんにもそのように伝えています。誰かに跡を継いでほしいという気持ちも、もちろんありますけどね。

食堂車のコック・椎茸栽培を経て戻ってきた大沢新田の実家

私の家は農家で、蚕、炭焼き、西条白菜や葉タバコの栽培など、幅広く取り組んでいました。当時は長男が継ぐのが当たり前だったので、中学卒業後すぐに家業を継ごうと思っていましたが、両親のすすめで高校に進学。今でも付き合いのある友人に出会えたことが良かったです。陸上の長距離で県大会まで行ったことを覚えています。
その後、農業業界全体の収入が限界を迎え採算が取れなくなったので、27歳のとき鉄道弘済会に就職。結婚もこの頃で、筑北村から離れました。調理師免許を取得し、松本-新宿間を走る急行アルプスの食堂車でコックをしていました。
椎茸はがんに効くという話を聞き、32歳のころ叔父さんと筑北村伊切で椎茸の人工栽培を始めました。伊切を選んだのは、風水的に良い方角だったからだそうです。伊切は水道がありません。そんな生活も若かったので楽しかったですね。多いときは37人雇って15万本の原木を管理していました。松電ストアー(現・デリシア)などに卸していたのですが将来性がないとわかり、7年で辞めました。
その後、筑北村に戻って本城工業(現・キャダック)に就職。話すのが得意なほうだったので、納品後のアフターケアを行うような、品質管理の仕事を定年までしていました。大沢新田の実家に戻って昔の友人と遊べたのはよかったです。この地域では平成2年から、国の地域振興政策である『ふるさと創生事業』の一環としてフサスグリジャムづくりを行っていました。きれいなルビー色をした甘酸っぱいジャムは村の特産品になりましたし、ジャムづくりの活動は井戸端会議みたいで楽しかったのですが、高齢化により平成24年に終わってしまいました。地域が年々寂れていってしまうのが嫌だなと感じています。

逸出したものはなくても、花木のある風景。それがこの集落の暮らし

今は夫婦2人で年金暮らしです。子ども家族も村内にいるので頻繁に遊びに来ますし、幸せですよ。2人でマレットゴルフをしていますし、私はゴルフもやります。長野県シニア大学の28期生の友人と二葉会という会を作り、コンペを行っています。ゴルフの楽しさは自然を感じられること。それと、帰ってきてから友人たちと呑むことです。

生きがいはスイセンと遊歩道の整備ですね。今後の目標は100歳まで生きること! そのために、マレットゴルフや毎日の散歩、草刈りなど、体を動かすようにしています。それと、大事なのは気持ちで負けないということですかね。
もともと、体を動かすことが好きなんです。高校時代の駅伝経験も、今思うと生きているのかもしれません。冬は、毎日5000歩ほど歩くようにしています。東条ダムまで行って下りてくると、ちょうど良いんですよ。

筑北村の良いところ? 良さがないのが良いところ、自慢できないところが自慢、でしょうか(笑)。うるさくなくて良い。故郷としては良い。難しい質問ですよね……けっこう花が咲いているところ、でしょうか。この集落の人々はみんな草・花・木を育てているんです。そういう、花木のある風景が良いです。

『すいせんのさと』

予約電話番号:0263-66-3235

丸山盛一さん(82歳)

出身:本城地域・大沢新田
職業:農業
地域:本城地域・大沢新田
定年退職後、自宅から続く荒廃地にスイセンを植えて整備すること二十数年。現在は40万本を越えるスイセンのほか、ハナモモやヒガンバナも楽しめる『すいせんのさと』を管理している優しい笑顔のおじいちゃん。今後の目標は100歳まで生きること!

ちくほく・ほくほく体験

自分が植えたスイセンとハナモモなどを見てきれいと言われることです。

お気に入りちくほくスポット

自分が植えたスイセンとハナモモなどを見ているのが一番落ち着きます。『すいせんのさと』が一番お気に入りの場所です。

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