自分のペースで、自分のリズムで歩いていいと思える。
心と体が求めた筑北村で、やりたいことを楽しむ暮らし
今回の取材はマクロビスイーツ※1を研究している方だと聞いた。メールに添えられたURLをクリックして表示されたのは、万華鏡のような、曼陀羅のような、アートともいえる美しいスイーツ写真ばかり。マクロビオティックスイーツも興味深いが、アートのようなケーキを作り美しい写真を撮影する彼女自身にも興味がわく。
取材に訪れたご自宅の玄関にはたくさんの植物が並び、足元には『あめつち ひかり堂』と書かれた小さな看板が置かれていた。家の横を流れる川では、蛍が見られるという。蛍の存在は、きれいな水が流れている証拠だ。その恩恵に浴するように、家の向こう側には田んぼが一面に広がる。美しく豊かな水で育った米は、さぞおいしいだろう。近くには幼稚園や小学校もあるので、子どもたちに大自然の中でのびやかに育ってほしいと望むなら、移住にぴったりの場所だ。
自分たちらしい暮らしを楽しんでいる小山さんご夫婦はなぜ移住先に筑北村を選び、筑北村がご夫婦の生活や活動にどのような影響を与えているのだろうか。『あめつち ひかり堂』としてインタビューさせていただく日もそう遠くないだろう……そんなことを思いながら取材は始まった。
[ 2017年9月8日更新 ]
筑北村で見つけた、生きている喜び
智恵子さん:
筑北村に引っ越してくる前は、高原の宿泊施設(悟史さんの実家)を手伝っていました。両親にもよくしてもらい、仲間にも恵まれていました。長野へ嫁ぐ前から里山が好きで、家族とよくドライブしながら古民家の佇まいに憧れていたんです。安曇野方面へ古民家巡りをしようとでかけて、なんとなく筑北村に立ち寄った、というのが正直なところ。姨捨の景色にひかれて、あの向こう側ってどんな感じだろうと興味を持ちました。近くに水晶の採れる山があると聞いたのも理由のひとつですね。水がきれいだし、知れば知るほど惹かれていきました。
実際に住んでみると、冬はやっぱり寒いですが、マイナス15度の銀世界に感動しました。木々や路面が朝日に照らされて、まぶしいくらいキラキラ輝いて、美しかったです。
悟史さん:
筑北村に来てからは運送業をしていたのですが、週に一度しか家に帰れない生活でした。家族との時間を優先したいと思い、今は麻績村で会社勤めをしています。土日は家族との時間を過ごしながら料理したり、好きな植物の手入れをしたり。奥さんの作ったケーキを試食して、一緒に良いものにしていくのも楽しいです。2人の夢でもあるカフェの実現に向けて、毎日過ごしています。充実した日々に、生きている喜びを感じます。
智恵子さん:
子どもたちは友だちにも恵まれました。村なので人数は少なめですが、アットホームな学校生活を楽しんでいます。学校の先生も親身になって相談にのってくれたり、子育てママさんにも仲良くしていただいたり、笑顔が絶えません。若者だけの地域じゃないので“思いやり”も教えてくれる、そんな印象です。村のおじいちゃんおばあちゃんとの交流もあり、昔の手遊びやお話もしてくれるので、子どもたちに引き継いでいってほしいと思います。
筑北村で大地の恵みに感謝しながら暮らすこと
智恵子さん:
以前は宿で普通のケーキを提供していました。体に優しいケーキを作るようになったきっかけは、体の気怠さや不調がずっと続いているときに、親しくしているパン屋『穀蔵』さんで「マクロビスイーツを作るといいよ」と言われたから(本人は忘れているみたいですが……)。何の知識もないところから自分で勉強してケーキ作りに没頭してきました。マクロビスイーツを提供しはじめたころ、「体が幸せになった」と言ってくださった宿泊のお客さまの一言が、今の私に繋げた一本の糸でした。
新しいレシピ作りは、絵を描くところから始めます。作ったらまず家族で味わって感想を聞くんです。見た目は変えずに内容を変えることもあります。同じケーキを何度も試作して、良いものに仕上げていきます。
有機栽培の小麦や米粉、野菜や無添加豆腐を使うんですが、できるだけ地元で大切に育てられた食材を選んでいます。
最初はマクロビを勉強していましたが、長野県は果物がとにかくおいしいので、季節のフルーツの良さも取り入れたいと思っています。植物性100%のケーキなので、ヴィーガンスイーツ※2ですね。
宿で提供していたときは仕事でしたが、今は自分自身が楽しんでいます。家族が見守り、支えてくれるので研究に専念できる。感謝しています。いずれはレシピを開発して本を書きたい、夫婦でカフェを営みたいと思っています。11月に信州アルプス大学の筑北キャンパスでマクロビスイーツ教室を予定していますが、教室は今後もやっていきたいですね。
自然から学んだこと。古き良き物を大切にする心
悟史さん:
私は多肉植物の寄せ植えを楽しんでいます。以前は実家の宿で料理をしたり、農業をしたりしていました。自分で育てた野菜の販売やお蕎麦をお客さまにお出ししていましたが、3.11(東日本大震災)をきっかけに、自然へ負荷をかけないことへの思いが強くなりました。そして、祖母が好きだった花を育てるようになり、多年草の苗の販売もしていました。美しい自然が心を豊かにすると気づいたと思います。多肉植物も増やし始め、移り住んだ筑北村に連れてきました。多肉植物は見た目もかわいいし……うまく言えませんが、とにかくいいんですよ。
運送業の仕事をしていたときは、東北から近畿地方まで、毎日何百キロも走っていました。そこで見たもの、感じたことは、ずっと忘れません。世の中どんどん便利になっているのが当たり前かもしれませんが、これから先、一人一人が自然に寄り添って、地球に感謝していくことが大切だと思いました。もともと昔の道具が好きで、時代を感じさせるものが美しく見えます。リビングにある椅子も、捨てるものを譲っていただき、自分で古材を張り付けてリメイクしたものです。利用価値のないやかんなどは多肉植物を寄せ植えし、時々イベント等で販売しています。古いものを大切にする気持ちが、私にとって未来につながるものだと感じます。
いずれは、『あめつち ひかり堂』の拠点がこの地域に見つかればと願っています。奥さんのケーキはもちろん小道具や植物を並べたり、おいしい飲み物を提供したりしたいです。気持ちの良い風と音楽が流れる空間を作りたいです。
この村に来てから、楽しいこと嬉しいこともたくさんありました。奥さんが何度か体調不良で入院したことによって、命の尊さを教えてくれた時もありました。健康であることの喜びを毎日感じられるように、家族みんなで感謝していきたいですね。私たちは友人・地域の方々・遠くで見守ってくれている親族に支えていただきながら暮らせると実感しています。
何もないところだからこそ、できることがある
智恵子さん:
もっと自然の多い山の中も考えていたんですが、小さな子どもたちがいるので、程よい里山の筑北村に落ち着きました。よく「なぜ何もないところに来たの?」と言われます。ずっと筑北村にいる地元の人にとっては何もないところかもしれませんが、自分たちには四季折々の自然すべてが美しいです。
自然が近くて空気の澄んだ豊かな農村。昆虫の鳴き声、蛍の光、魚がいる川。子育てにもいい環境。何もないのではなく、都会にはない大自然があります。のびのびできて、やりたいことをやれるので創作活動にも向いています。心からリフレッシュできて、その状態でいられるって、とてもぜいたくですよね。
宿で働いていたときは必死で何かをしている感じでした。でも、筑北村へ移住してクールダウンできたんです。周りを見渡せて、自分自身を見つめ直せるようになりました。宿での経験はとても役に立って良かったです。そのうえで、今はケーキを心から、魂から作れています。自然の景色や音に癒され、すべてひっくるめてのケーキなんです。ここでしか作れないケーキです。
生まれ故郷ではないけれど、ふるさとのように落ち着く場所。自分のペースで、自分のリズムで歩いていいと思える。自分自身に気づく場所です。
※1マクロビスイーツとは
穀菜食を中心とし、陰陽のバランスを大切にした長寿法・食事法に基づくスイーツのこと。
※2ヴィーガンスイーツとは
動物性食材(卵や牛乳などの酪農製品も含む)を摂らない絶対菜食主義に基づくスイーツのこと。