ちくほくのひとVol.06井上正二郎さん

震災で学んだ、エネルギーと食の大切さ。
大切なものを自分で生み出す筑北村での暮らし

取材場所はご自宅…だったはずだ。炎が静かに揺らめく薪ストーブ、「好きなところに座って待ってて」と言いながらコーヒーを淹れるご主人の姿、高い天井を巡って心地よく耳に響くBGM。初めて来た場所なのにとても心地よくリラックスさせてくれる空間。そこはまるでカフェだった。
井上さんが淹れたコーヒーをテーブルに並べたカップに注ぎ、次に、薪ストーブの上で沸かしたお湯を注いでカップの中のコーヒーを薄めていく。「“松屋式”という淹れ方なんだ。コーヒーってカップの素材や形によって味が変わるんだよ。例えば…」とコーヒー談議に花が咲く。ひとくち飲むと、豆の香ばしさの中に澄み渡ったすっきりした味わいを感じる。一気に井上さんの世界に引き込まれた。

関東から移住し、筑北村で自然に近い暮らし方をしていると聞いて伺った井上さんのお宅。この心地よい空間やコーヒーの澄んだ味は、自然に近い暮らし方から生まれるものなのだろうか?
なぜそのような暮らしをするに至ったのか、どうして筑北村を選んだのか、実際にどんな暮らし方をしているのか。心地よいご自宅の一室で、素直な質問をぶつけてみた。

[ 2017年1月31日更新 ]


二度の震災経験を経て出会った筑北村の好物件

大阪で生まれ、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を経験しました。妻のおじが被災したり、災害ボランティアに参加したりと、間近で震災を体験しました。
その後、東京で13年働いていた間に、2011年3月11日に起きた東日本大震災を経験しました。埼玉から東京の職場に通っていたのですが、鉄道が運行を見合わせたことで帰宅困難者となったり、ガソリンスタンドに7時間以上並ぶような行列を見たり。
これらの状況を目の当たりにして、提供されているものを利用するだけでなく、自分自身で生み出した方がいいのではないかと、エネルギーと食について考えるようになったのが移住のきっかけです。2011年に筑北村の物件を見つけて購入し、翌年に移住しました。

筑北村を選んだのはこの物件に出会ったから。母屋のほかに土蔵や離れがあり、地続きの畑もある。古い建物なのでリフォームは大変ですが天然素材で作られた家ですし、インターも近くて交通の便もいい。駅からは歩いて10分程度。車がなくても生きていけるこの物件は、エネルギーと食の問題をクリアできると思いました。
駅のそばを選んだのは老後を考えて、という意味もあります。埼玉では震災によって燃料が手に入らなくなった時期がありましたから、インフラは大切だと感じています。

筑北村のことは知りませんでしたから、悪いイメージもありませんでした。埼玉では職場まで片道2時間かかるような田舎に住んでいたので、筑北村に不便さは感じていません。以前住んでいた場所は湿気が多くていやだったんです。日本で湿気のないところはなかなかありませんが、筑北村は雨が少なくて晴天率も高い。環境としても好条件でした。

仕事はあくまでも生きていくための手段

以前は車の整備とオルゴールの修理・修復をしていました。スーパーカーブームの影響もあって車が好きで車関係の仕事に就き、転職を考えたときにオルゴールの修理・修復という求人を見つけて応募しました。専門知識はありませんでしたが、車と同じ機械系だと考えたので抵抗は感じませんでしたね。
オルゴールは人類が初めて作った音楽再生装置です。機械でもあり、芸術でもある。だから転職前に思っていたより大変でしたね。
勤めていたころは毎日いやというほどオルゴールを聞いていたので自分では持っていませんでしたが、自分の知識や経験で筑北村に貢献できればと思って、今はアンティークオルゴールをいくつか持っています。

今の私の職業は何なのかと聞かれると、農業でしょうか。春から秋にかけては田んぼや畑、薪集めを中心に、頼まれれば経験を生かして車や農機具などを整備することもあります。冬場は農作業ができないので、オルゴールの仕事が中心です。あとはリフォーム。最初は大工さんにお願いしましたが、今もちょこちょこと、自分たちでリフォームを繰り返しています。
仕事はあくまでも手段です。生きていくことが目標ですから、バランスをどうとるかだと考えています。

筑北村で日々営む、ぜいたくな暮らし

エネルギーと食を考えた今の暮らしは、一言でいえば“ぜいたく”です。お風呂は薪風呂なんですが、薪は熾(おき)があるので、お湯がなかなか冷めない。沸かしたてに入って、また夜遅くに入っても十分あたたかい。ぜいたくなエネルギーの使い方だなと感じます。
自分たちで育てたお米や野菜をいただく毎日もぜいたくです。筑北村のお米はおいしいですしね。あえて言うなら、毎日同じものになりがちだというのが難点でしょうか。収穫できる時期には限りがありますから。

筑北村は静かでいい。観光地でないのもいい。同じ田舎でも、埼玉の空は狭かったですが、筑北村の空は広いです。雨が少なく、青空が多い。星空もきれい。気候がいいから、食・住・バイオマス…良いものが手に入ります。筑北村の自然の良さも、古いこの家も、地元の人にとったら価値のないものなんでしょうけど、私にとって筑北村のこの環境は、お金では買えないすばらしいものです。

ただ、私の場合は家で仕事をしているので、人との接点が少なく、社会性が薄くなりがちです。人との関わりがないと人は成長しません。だから、筑北村の地域おこしグループ『でんでん』に参加したり、オルゴール関係やプライベートでの有意義な関りを大切にしたりしています。

依存は危険。いろいろなベクトルを考えた生き方

人間としてどう成長していくかに興味があります。成長には地位や経済力といった社会的成長と、僧侶の世界に見られるような人間的成長があって、その両方でバランスよく成長していきたい。人生50年でまだまだですけどね(笑)。

いつどんなことが起こるかわからない。今は価値のあるお金が、いつか無価値なものになるかもしれない。震災でライフラインが断たれると大混乱に陥り、自分では何もできないような都会は危険です。ライフラインが断たれても生きていける、断たれなくても生きていける。そういう、ひとつのベクトルに偏らない、バランスを大切に生きていきたいです。
コンセントに差し込めば電気が使えて、蛇口をひねれば水が出る。それは完全に、供給する会社に依存している状態です。依存は危険だと、震災が教えてくれました。電気も、夫婦もね(笑)。

筑北村はアルプスが見えるし、雨が少なくて湿気が少ない、水がきれい。エネルギーと食について考えている自分にとって、よいバイオマスが手に入る筑北村は、すばらしいところです。一生ここに住みたいと考えています。

バイオマスとは

エネルギー源として利用できる、再生可能な生物由来の有機性資源。ライフサイクルの中で生命と太陽エネルギーがある限り、持続的に再生可能な資源のこと。

井上正二郎さん(49歳)

/出身:大阪府 職業:農業 地域:本城
震災経験後エネルギーと食について考えるようになり、2012年に夫婦で関東から筑北村へ移住。農薬を使わない農業を営みながら、前職であるオルゴールの修理・修復等を自宅で行う。地域おこしグループ『でんでん』のメンバーで、レコード鑑賞会などを主催。

ちくほく・ほくほく体験

物件を見学に来た際、ご近所の方が面識のない私たちにも挨拶してくれました。埼玉の住まいも田舎でしたが、埼玉ではなかったことです。ここで農業をするにあたっても、道具を貸してくださったり、わからないことは教えてくださったり。みなさん優しいです。温かく接してくださる人が多い地域ですね。

お気に入りちくほくスポット

家を出て少し行ったところにある絶景スポット。白馬岳から常念岳まで見える景色の良い場所です。

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