波瀾万丈な人生を経て落ちついたのは、楽しみが詰まった筑北村。ご縁がつなぐ女性ライダーの古民家ゲストハウス
『オートバイ神社』というものがある。宗教的な目的ではなく、ツーリング拠点として、また、地域活性化にも貢献するものとして、一般社団法人 日本二輪車文化協会が認定した神社のことだ。その4番目として、筑北村に長野県初のオートバイ神社が誕生した。『修那羅山(しょならさん)安宮神社』である。
安宮神社は、境内から裏山にかけてたくさんの石神仏が祀られていることで有名な、筑北村の代表的観光スポット・パワースポットといえる場所。社務所横にはカフェも併設されている。安宮神社がオートバイ神社となることで、村おこし・地域おこしにつながれば…という思いを実現するために奔走したのは、東京から移住してきた女性ライダーだという。
筑北村の古民家を購入しゲストハウスを始めた櫻井さんは、20代後半、女性1人で宿も決めずに海外に飛び出しバイクツーリングをした経験を持つ。「事実は小説よりも奇なり」という詩人バイロンの言葉を地で行くようなドラマティックな人生は、バイク専門誌に記事が掲載されたこともあるほどだ。
筑北村とバイクの、どのような関係性が聞けるのだろうと楽しみに伺ったのだが、このあと、とても1ページでは書ききれないほどの、興味深い人生を知ることになった。
[ 2019年9月17日更新 ]
8年掛かってやっと出会えた、明治時代の商家の古民家
田舎暮らし・古民家に憧れ、バイクレースに参加しつつ、よい物件を探していました。レースで長野県に来ることが多かったんです。外国人向けゲストハウスを始める予定だったのでバックパッカーが利用しやすい場所を探していましたが、長野で見つかるのは山奥ばかり。関西方面まで広げて探していた頃、リゾート物件サイトでこの物件を見つけ、筑北村へ来てすぐに購入を決めました。駅が近く、周りの住宅が近すぎないことや、2階の部屋が気に入りました。外観もいいし、北アルプスが望めるのもいいです。正直なところ、筑北村は名前を聞いたこともありませんでした。でも来てみたら、静かだし、高速道路も近いし電車もある。とても交通の便がよかったです。
女性の独り暮らしということもあって、みなさん親切で、気にかけてくれます。いい人ばかりです。ひとりで子育てをしていると、周りに頼れる人が欲しいと思います。コミュニティに支えられる暮らし。それが田舎暮らしへの憧れにつながっていたのかもしれません。そういうものが筑北村にはあります。
ゲストハウスオープンに向けて準備している間に、村のライダーと仲良くなりました。村でバイクのイベントをやりたいねと、飲みながら語り合ったりもしています。
初めての海外バイク1人旅で訪れた、運命の出会い!
バイクはスリルがあって、自然や自由を感じられる乗り物です。現在所有しているバイクは5台で、うち1台はレース用。今も年に1~2回、JNCC全日本XC選手権などのレースに参加しています。女性クラスのあるFUN GPに参加することもあれば、性別を問わずに参加する3時間のCOMP GPに参加することも。
就職後に車の免許を取ったんですが車を買うお金がない。そこでバイクの免許を取り、250ccのバイクを足代わりにしていました。2~3年は遠出することなく過ごしていましたが、『Mr. Bike』という雑誌に掲載されていた、女性ライダーの草分け的存在である三好礼子さんの、女性ライダーを対象としたツーリングに参加したんです。全国から集まった女性の中には50ccのバイクで参加している人もいて、私にもいける!と思えたんです。その後、能登半島1周1人旅に出かけて“できる”と確信し、味を占めて日本中を走り回りました。
国内を走りつくすと、海外へ行きたいと思うようになりました。サハラ砂漠をバイクで走りたいと思っていましたが、手始めにオーストラリアに行こうと決めました。6か月のビザを用意しただけでそれ以外は何も決めず、バイクは現地に用意。長距離を走るための大きなタンクを日本から持参して。英会話は1年ほど習いましたが、しゃべれるというほどのレベルではありません。それでも、バイク旅なら1人で走っているし、しゃべれなくても困らないかなと(笑)。
そんな私だったので、家族からは「結婚できないぞ」と言われていました。「私は世界一周をしている人と結婚する。海外でそういう人と出会ってくるから大丈夫!」と言って出発したんです。28歳のときでした。 オーストラリアに到着して2週間で主人に会いました。世界一周しているライダーで、顔も好み。私は最初からときめいていました。彼は天気を予想して走れるし、車の整備士だったのでメカの扱いも上手。一緒にオーストラリアを走って、2人で帰国。そして結婚しました。
いったんは遠ざかるも、鬱(うつ)になっていたときに救ってくれたのはバイク
29歳で結婚したあとも2人でレースに参加していましたが、私が39歳の時、夫が心臓病で他界。子供は0歳、3歳、6歳。子育てに専念するため、それから10年間はバイクやレースから遠ざかっていました。 49歳のころ、娘の反抗期など、いろいろなことが重なって鬱(うつ)になっていた私に、妹がSNSを勧めてくれました。プロフィールにバイクのことを書いたのがきっかけで仲間ができ、レースに誘われて久々に参加。これが楽しかった。10年ぶりでも、体が覚えていました。
バイクを再開すると、夫との夢を叶えたいと思うようになりました。外国ではユースホステルや日本人がやっているゲストハウスによくお世話になっていたので、自分たちもゲストハウスをして恩返しがしたいね、と。それが2人の夢だったので、この物件に出会い、2017年に『ゲストハウス角屋』をスタートしました。
バイク乗りは寝袋を用意している人が多いので、寝袋を使うことでお得になる料金体系を用意したり、温泉施設を利用するときにバイクで行くのは大変なので車を貸したりしています。お酒などの持ち込みも自由ですし、バイク好きやライダーが集まるので、そういった人たちとの交流も盛んです。私が参加しなくても話が盛り上がっていることが多いですね。
人生の楽しみが詰まった筑北村で、やりたいことをして過ごしたい
筑北村はお金を使わず楽しく暮らせる場所です。都心にローンを組んで家を建てて、ローンを返すために一生懸命働いて暮らすよりも、収入は少なくても余裕のある、人間らしい暮らしができるほうがいい。
ここには、私の人生の楽しみのすべてが詰まっています。バイクのための体力作りにもなるので、村が開催しているスポーツクラブはほぼ全クラス参加に参加していますが、年間3,000円という金額で楽しめるんです。陶芸も習っていますが、それは年間2,000円。材料費は別途かかりますが、それでも安い。東京では1万円程度の月謝が多いですが、筑北村は習い事が安く楽しめます。古民家に残されていた刀の鞘を鑑定してもらったことがきっかけで先生に出会い、居合も習っています。刀は外国人にも喜んでいただけますしね。毎日のように習い事に参加していますが、退屈しないですよ。これからやりたいこともいっぱい。機織りも、書道もやりたいんです。
私の母は68歳で亡くなりました。自分もあと8年で死ぬかもしれない。やれるうちにやりたいことをしたいと思っています。今の目標は南米に行くこと。それから、筑北村でマラソンや自転車のレースを開催すること。去年、日の出とともに自身で定めた日本列島の東海岸からスタートし、日没までに日本海の千里浜にゴールするというSSTR(サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー)に出場しました。その時に集まったバイクは3,000台以上。その経済効果はすごいはずです。筑北村にもそうなってほしい。バイクが村の観光につながればいいなと思います。