あるものを大切にして、あるものを楽しむ。
古民家暮らしで刻み続ける歴史
今回の取材先である本城地域乱橋区は初めての訪問だ。善光寺街道の間の宿としてにぎわった場所で、かの有名な正岡子規も一泊している。子規は乱橋を“あやしの小村”と書いた(『かけはしの記』より)。昔話に登場する「物くさ太郎」に関係する場所だったと思われる物種太郎塚も乱橋にある。歴史を感じる地域だ。
車で県道303号線を進むと、古い社殿が見えてきた。毎年9月30日に近い土・日曜日に例大祭が行われる諏訪神社だ。船をかたどった神輿を曳き回して本殿に突っ込む祭りだという。乱橋は結束が強く、区民が一丸となって風まつりなどの小さな祭りも開催を続けており、例大祭も若者を中心に行われているのだそうだ。
たどり着いたのは、玄関とは別に門のある大きな家だ。その門に取手はなく今は使われていないようだが、立派な松の木が私たちを迎え入れるかのように立っている。後で知ったのだが、古久屋という名の休憩所として、峠を行く人々が足をとどめた、その跡地だった。
玄関を開けると広々とした土間が広がり、その空間を彩るように飾り付けがされている。藁でつくった米俵や蓑、さりげなく飾られたお花。古さの中に西澤さんご夫婦のセンスが輝く。歴史ある筑北村乱橋区の歴史あるこの家で、ご夫婦はどのような歳月を重ねてきたのだろうか。
[ 2017年10月3日更新 ]
善光寺街道の休憩所だった門松のある家
孝光さん:
この家は築150年以上にはなると思います。昔は本当の(土の)土間だったんです。配管工事の関係もあってコンクリートにしてしまいましたが、梁や天井についた煤はそのままなので、明治時代の煤、もしかしたら江戸時代の煤もあるのかもしれません。
良子さん:
ここは私の実家です。この辺りは昔、大火事があったんです。この家はなんとか被害を免れたので、この辺りでは古いですね。火事のときはご近所みんなでこの家を守ってくれたんだそうです。
さらに昔は善光寺街道の休憩所として利用されていました。玄関とは別に門があるのはそのためです。あの門には取手がないでしょう? 戦争中に金属類回収令が出たからなんです。取手まで持って行ってしまったんですって。
孝光さん:
雨漏りしてしまったので、45年くらい前に改装しました。建て替えるほどの予算はなかったから改装にしたんですが、古い家なので結構かかりましたね。「門松(もんまつ)のある家には嫁に行くな」と言いますけど、本当ですよ。松枯れを予防するために5年に一度、松の木に注射をするんです。それでも、古いものも守っていかないとね。家を改装したときに玄関やサッシを替えてしまいましたけど、以前使っていた潜り戸のある門扉は、まだとってあるんです。家にも寿命があるでしょうけれど、長く持たせるために今後も雨漏りには気をつけないといけないなと思っています。
古民家だからこそより深く感じられる味わいがある
孝光さん:
まわりは新築の家も増えましたが、古い家というのは、空間にゆとりがありますよね。天井も高くて広々しています。冬は寒いですが、夏は涼しくて快適です。いまでも扇風機が2台あるだけなんですよ。一日中回すこともないです。
古い家は手がかかるけれど、壁塗りなど、日曜大工が楽しめるのもいいですよ。自分たちで修繕しているので、家に対する愛着も大きくなります。
良子さん:
東京からお客さまがいらっしゃったとき、和室に大の字になって寝ころんで、「ここは天国だ」とおっしゃったことがありました。それは子どもたちにとっても同じようです。我が家では日帰りの農村体験“ほっとステイちくほく”を受け入れていて、子どもたちが来ると畑仕事やわら細工をして過ごします。「こんなにおいしいお米、食べたことない!」と喜んでもらったり、帰ってから感謝のお手紙をもらったりするのがとてもうれしいです。子どもたちもみんな「また遊びに来るね」と言って、満足して帰っていきます。
都会では窓を開けても車の騒音ばかりだし夜になっても明るいですが、ここは自然の音を感じられます。自然が豊かで、自然のものが食べられる。年を重ねていくと特に、そういうことがいいんだと分かりますよ。東京で6年ほど勤めていましたが、帰ってくるときに諏訪神社のお宮が見えるとほっとしたものです。
米作りで手に入るから。あるものを生かしたわら細工
良子さん:
普段は畑仕事が中心です。お米をはじめ、20種類くらいの野菜を作って販売しています。同じものを大量に作るのではなく、少しずついろいろなものを作って、いろいろな時期に販売できるようにしているんです。
孝光さん:
その片手間にわら細工を楽しんでいます。わら細工をしているのは、妻のお父さんがしめ縄づくりをしていたから、ということもありますが……素材があるから、ですね。お米を作っているので、はぜかけして脱穀した後の、新しい藁が手に入りますから。55歳くらいのときから、定年後のことを考えてわら細工の教室に通い始めました。今も通い続けています。
鍋敷き、円座、蓑、米俵など、いろいろ作って楽しんでいます。作ったわら細工は主に飾りですね。あくまでも畑仕事が中心で、その片手間でわら細工をやっているので完成までには時間がかかります。基本的には趣味として楽しんでいますが、お正月飾りは直売所で販売しますし、神社に手伝いに行くこともありますよ。手伝いにいくとコツを教えていただけるので、勉強にもなります。
わら細工の楽しみは、やっぱりいいものができたときの喜びでしょうか。作り続けないとなかなか満足のいくものはできません。今後も続けていきますよ。わらでできた背負子(しょいこ)が見つかったので、自分で再生してみようかなと考えています。
ど田舎でもなく、都会化されてもいない筑北村
孝光さん:
筑北村は電車あり、高速道路ありで、松本方面にも長野方面にも移動がしやすいです。自然豊かで、ど田舎ではないけれど、都会化されてもいない。それでいて利便性も悪くないので、生活環境としては最高だと思いますね。
都会の狭いところよりも、ずっといいですよ。田舎はいいです。当たり前のことしか出てきませんが、やっぱり豊かな自然が筑北村の自慢でしょうね。
それから、昔の面影を感じられる暮らしができるのもいいです。今でも、その年にお葬式があった家には、お盆になると近所の人が訪れて弔うんです。昔ながらの交流が残っているんですよね。
移住者の受け入れ体勢もいいようですよ。この乱橋区では、私たちが知っているかぎりでも3件の移住者が住んでいらっしゃいます。お向かいの家も今は空いていますが、新しい人が入るという話があるようです。この辺りの人たちはみんな親切ですし、移住してくる方々も昔ながらの交流を楽しんでいるのだと思います。みなさんスムーズに、筑北村に馴染んでいらっしゃるように感じますね。
良子さん:
そうそう、筑北村は福祉にも力を入れているので、高齢者にとっても安心で住みやすいと言えるかもしれません。まだ私たちにはお世話になっていないのでわかりませんけどね(笑)。